2017
08.29

「別れの夏」に思うこと。

夢を叶える仕事術

【ねばならないという悪癖】

藤野は「まじめ」という言葉が嫌いです。
完全に、私の主観ですが、
真面目という言葉を一言で言い換えると

「かくあらねばならない」
「◯◯しなければならない」

と考える思考傾向のことだと思っています。

だから

「クソ真面目」とか「生真面目」という
“まじめであること”を揶揄する言葉が存在するわけで・・・

で、ふと考えてみると、
「クソ真剣」とは言わないですよね_φ( ̄ー ̄ )

なんというか、
与えられたことに対してそれに沿うように、
変に逸脱しないように、
「型」みたいなものから出ないように・・・。

そういう感覚。

それを「まじめである」と表現するように思うんです。

藤野から見ると、そんなの「悪癖」にしか思えないのです。

「かくあらねばならない」って、
自分で考えることを、どこかで放棄してませんか?

自分で考えることを放棄して、
他人に依存している人。

いいも悪いも、全て「他人軸」でしか感じられない人って・・・
全て他人や環境のせいにしちゃう人って・・・

めっちゃ弱い。
めっちゃ醜い。
めっちゃ格好悪い。

 

 

【自分がやっていることに対する姿勢】

これに対して「真剣」というのは、
自分が取り組んでいること・自分の生き方、
そういったものに対して手を抜かず、
全ての責任を自分で背負って、
常に前を向いている状態のことだと思うのです。

そこには「かくあらねばならない」
なんてものは決してなくて、
自分が「正しい」と感じたことに対して真っすぐであることを、
「真剣である」もしくは「真摯である」
と表現するのではないでしょうか?

それが世の中の大勢に沿っているかとか、
組織の中の風土に沿っているかとか、

そんなの全く関係ないよね^ ^

藤野が子供の頃から続けている剣道にも、
「真剣勝負」という言葉がありますが、
それは、互いが持っているものを正面から本気でぶつけ合って、
これが正しいと信じることを競い合うから勝負として味があるし、
手を抜けないし、緊張感があるわけです。

そもそも、
お侍さんの時代であれば、「真剣勝負」って、
ズバリ!名誉とプライドをかけた「命のやり取り」だったわけで。。。

そういう中には、
「真面目勝負」なんて言葉はありませんwww

 

 

【子供のまじめ、大人のまじめ】

「まじめ」という言葉をあえて使ってみれば、
子供の真面目さと、大人の真面目さは、
確実に違うんじゃないかと思う。

「子供の真面目」は、
親や保護者などの「大人」から与えられたことに対して、
素直に、ピュアに考えて行動するもの。

これに対して
「大人の真面目」は、
腹を据えて自分の人生を見つめて、
責任を持って真正面から向き合って行動していくこと。
時には常識から外れていることでも、
正しいと感じたらそれをやってのける気迫があるもの。
という感じ。。。

 

 

【夏の終わりに】

2017年の、この夏は、
本当に大きな、色々なエネルギーが動いた夏でした。

一番大きく、多く感じたのは、
「離」の作用です。

何かして来た事をやめる。
大切だと思って来たものを手放す。
人と、仲間と、別れる。袂を別つ。
所属していたところを辞める。
などなど・・・

そして、
痛いほど痛感しました。

大切なものも、不要なものも、
好きなことも、嫌いなことも、
 
全て!!!!!!
 
「離」の作用は色々あるが、
それを決めて、受け入れて、
行動するのは、自分自身!

 
手放そうが、別れようが、
止めようが、辞めようが、
それは全て!自分の責任!

という事。

 

一番醜く感じたものは、
辞めていった人間が、陰でコソコソ集まって、
逃げ出て来た組織や所属する人たちを悪し様に罵る事。

今年の夏は、ソーシャルメディアで、
そういうシーンを多く目にしました。

 

辞めていった人間ばかりが、集まって、
「やっぱりお金じゃないんだよねー!」とか
「なんか気持ち悪いよねー。」とか・・・

ちょっとしたストレスに耐えきれずに、
自分の力不足を、努力不足を棚に上げて、
様々な「言い訳」を味方にして、
いとも簡単に辞めていった人間が、

もともと、
自分たちも熱狂的に所属していたその組織のことを、
あるいはそこにいる人間のことを、
悪し様に罵って、

挙げ句の果てに、
夢と希望を持って、現状、そこで活躍しようとしている
「元 お仲間」にまで、
「あんなところ辞めたほうがいいよー」的な
腐った勧誘までしてのける!

そういうシーンを、よく
目にして、耳にしました・・・

 

 

【「別れ(離)の夏」に思うこと】

今年の夏は、
多くの「元 お仲間」との別れを経験しました。

でも、これは全て必然だと受け止めます。
何かの意味があるのだろう?と前向きに善処します。

そして、もう今日以降、
彼ら、彼女らのことは、
考えることも辞めてしまおうと思います。

 

藤野は、これからも、
腹を据えて自分の人生を見つめて、
自分自身に責任を持って、
物事に真正面から向き合って行動します。

 

「真剣に生きる、格好いい大人」

でいたいから\( ˆoˆ )/