〜藤野淳 前夜〜 人生を変えた「玉ねぎ」の話 

 

 

「・・・」
「こんなもん、食えたもんじゃねえ。」
「中国もんじゃ、危なくて売れねえ。」

当時の築地には、「剥いた玉ねぎ」と言えば、
中国から輸入された「ムキ玉」しか無かったんです。

 

ーーーーー

土にしても、水にしても、日本と比べると
想像もできないような劣悪な土壌で、
想像も出来ないような大量の農薬と、
大量の化学肥料を使って、大量に生産された玉ねぎ。

体育館のような大型冷暗冷蔵庫の中で
数ヶ月(下手をすると1年近く)保存された玉ねぎ。

洗濯機の脱水装置のようなドラム缶に放り込み、
エアガンのようなもので剥きあげられた玉ねぎ。

切り口が赤く変色しないように、
保存液を噴霧された玉ねぎ。

それはもはや「野菜」ではなくて、「工業製品」。

ーーーーー

 

どこにデータがあるわけでも、
特別な証拠があるわけでもない話ですが、

築地の中にいる人間には、
どこからともなく聞こえてくる
こんな実態を耳にしていた私は、

それはもう、
とてもとても、

卸売り業者(売り手)としても、
一般生活者(買い手)としても、

中国産の玉ねぎには
手が出なかったことを良く覚えています。

 

 

 

 

大学を卒業した藤野は、
都内のとあるホテルの料理長をしていた伯父の口利きで、
東京築地卸売市場の「仲卸」と言われる、
青果の卸売業社で修行を積む事になりました。

 

都内近郊の主だったホテル・旅館・レストラン等100件ほどを
主な取引先として持っていたその仲卸業社の勤務は、
朝01:00〜夕方16:00まで、と言う超変則、超長時間労働。

今の時代のように、
残業時間がどうのこうのとか、
やれブラック企業だ、やれ過労死だって
そんな「膿んだようなこと」を一言でも言おうもんなら
「今すぐ消えていなくなれ!」
と言われるくらいの、実に荒々しい勤め先でした。

それは「生鮮品流通市場」と言う業界全体の、
どう変えようもない現実というか、
風習であったり、常識であったように思えます。

だから、藤野も、
そこは考えもしませんでした。
一人前に悩んでいる時間すらもったいなかった。

 

週休1日の貴重な日曜日は、ただただ身体を横たえて、
眠り続けて、体力と気力を回復するための充電日。

 

いくら20代前半とはいえ、今思うと、本当に体力勝負で、
いつ倒れてもおかしくないくらいの過酷な勤務でしたが、

でも、それでも、

藤野にとっては、
「八百屋のお仕事の全て」を身につけることが出来た
本当に貴重でありがたい数年間だったと思っています。

 

「八百屋のお仕事の全て」という以上に、
今の藤野の「商売感覚」の全てを学ばせてもらえて
何者にも代えがたい「基盤」を与えて頂いた
掛け替えのない人生経験の訓練場でした。

 

 

 

 

今日はいきなり、
中国の、玉ねぎの話から始りましたが、
この「玉ねぎ」ひとつに関しても、

今の藤野淳の(お仕事)誕生へとつながる
いくつかの大切なエピソードがありますので、
可能な限り丁寧にお話したいと思います。

 

 

これからしばらくの間、

 

その、築地での修行時代から始まって
地元群馬の家業であるスーパーの経営者として
年商ベースで5倍(約8億円)にまで押し上げた
藤野の「八百屋さん」としての実業の半生を、

 

市場やスーパーを、
あるいは、
取引先のホテルを舞台として、

 

野菜について、
商品について、
サービスについて、
社員・スタッフについて、
仲買人仲間について、
取引先の料理長とのエピソード、
野菜生産者との出来事、などなど

色々な面から順不同で振り返って見たいと思います。

 

 

お付き合い下さいますよう、
お願い申し上げます。

 

 

 

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