〜藤野淳 前夜〜 カット野菜 誕生秘話

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藤野の人生を変えた「玉ねぎ」の話

野菜を剥いて納める、切って納める  カット野菜
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小さな街のお店屋さんの、
跡取りであった祖父と、
そのまた跡取りの父の世代に移り、
父が代表取締役を務めていた
その当時の我が社(家)の営業形態は、

 

地域のスーパーという「小売り」という業態と、
ホテル・レストラン等への「卸売り」という業態の、
2系統の顧客に向けた生鮮食料品の販売を行っていました。

 

20数年前の事ですが、
もうその頃には、
大手資本による有名ブランドスーパーや、
郊外の大型ショッピングモールというものが
地方にも展開を始めていて、

地方の、いち小売店(所謂、商店街のお店屋さん)では、
顧客の目減りに歯止めが掛からない状況でした。

 

今でいう、
家族と楽しむ週末まとめ買いショッピング&レジャー
のような状況が始まりつつあったのだと思います。

 

 

そんな状況の中、

東京築地での修行を終えて、田舎に帰った藤野が
まず初めに大きく舵を切ったのが
「卸売りへの業務集中」という「業態転換」でした。

 

 

沢山のお客様から、代々ご愛顧頂いて来た
「街のスーパー(小売店)」を辞めて、
「卸売り」に特化しようというものですから、

藤野の家の人間にとっても、
とても大きな決断でしたし、

それこそ、
それまでご愛顧くださっていた地域のお客様の間にも
様々な憶測が飛び交ったことでしょう。

 

「○○屋さん、お店締めちゃうんだってよ。」とか
「やっぱり小さなお店は厳しいのかね〜」とか

そういう憶測も、噂話も、
そこかしこに伝えられたことでしょう。

 

 

でも、

それでも、藤野のなかには、

「これで行ける!」
「絶対うまくいく!」

という自信をもった業態転換だったのです。

 

 

で、

その「業態転換」の「切り札」として
藤野が展開したサービスが、今日のお話、

ーーーーーーーーーー
野菜を剥いて納める、切って納める
カット野菜
ーーーーーーーーーー

だったのです。

 

 

藤野が「これで行ける!」と考えたのには、
確かな「訳」がありました。

 

 

 

卸売りで行こう、カット野菜で攻めよう、
と考えた、その理由は、

 

 

うちがもともと持っていた
「人・モノ・情報」の経営資源でした。

 

 

<人>

もともとが、
スーパーという小売店だったので、
そこで働くスタッフは沢山いました。

 

しかも、藤野の家業はと言うと、
スーパーなのに!
店頭では、お客様にろくに挨拶もできないような
「ちょっと変わった人たち」が多かったのです・・・

藤野が最初に考えたのは、
このスーパーの(ちょっと変わった)スタッフさん達を
「野菜の加工部隊」に仕立て直す事、だったのです。

 

それまでは、彼らの仕事と言えば、
仕入れてきた野菜やフルーツを、同じ大きさや重さに計って、
袋詰めして、値札を付けて、品出しをする事。

 

その彼らに、
例えば、「玉ねぎの皮を剥く」
作業をしてもらったのです!

 

先行参入業者さんが沢山いる、
競争過多なレッドオーシャンといえる
安売り・体力勝負的な「八百屋さん」という業界に、

この沢山いるスタッフ達こそが

野菜を加工して納める

という「差別化要因」を付加してくれる
貴重な人材となったのです。

 

 

 

<モノ>

スーパーのバックヤードには、
野菜やフルーツを加工するための
場所や機材が十分にあったのです!

 

中で大人が泳げるほどの
まるでプールのような業務用の大きなシンク
※実際「プール」と呼んでいました。

まな板も、包丁も、色々、沢山あった
加工する野菜によって、使う道具も様々です。
出刃包丁、菜切包丁、牛刀、パンナイフ、
ペティナイフや薄刃包丁などなど
用途にあった適切な道具が見事に揃っていました。

包装資材や真空パックマシンもあった。
加工した野菜やフルーツを納めるための
大きなポリ袋や、真空パックをするための
業務用の機材も、もともとそこにあったのです!

 

 

 

<情報>

何よりも藤野は、「情報」で勝ちました。

 

それまでの参入業者であった「業務用の八百屋さん」と言えば、
取引先の現場であるホテルのコックさん達から見ると、
実は、「八百屋」というよりも「運び屋」でしかなかったようです。

厨房から来た注文を、市場で仕入れて、運ぶだけ。
ただの「運送屋さん」としての意識しかないから、
髭も剃らず、汚い格好で行くものだから
「八百屋は倉庫まで」が当たり前の現場でした。

痒いところに手がとどく、どころか、
そこには、サービス意識とか、
御用聞き的な「伺う」姿勢は皆無。

まさに、市場で仕入れて、運ぶだけ。
買ったものを、右から左に流すだけ、の
価格競争でしか差別化できない業界の人ばかりでした。

 

そこに、築地から帰って来た藤野が参入したのです。

 

専務就任のご挨拶に伺った初日から、
その感覚は、ありました。

新調したスラックスに、
買ったばかりの真っ白なボタンダウンシャツと
やはり真新しい白のスタッフジャンパーとスニーカー

もちろん、髭もサッパリ剃って、
身だしなみも隙なく整えました。
※すごく当たり前のことを、当たり前にしたまでですが、

そんな出で立ちで伺った藤野ですが、

 

狙い通り!
厨房で忙しく立働くコックさんたちの間にも、

「八百屋なのに、小綺麗な身なりで来たあれは誰だ!」
的な空気を感じました。

しかも!藤野は
八百屋なのに、厨房に入るどころか、
平気な顔をして「料理長ブース」にまで乗り込んで行くのです。
※ご挨拶に伺うのだから、当たり前なんですが・・・

 

最初はみなさん、奇異なものを見る目つきで
横目で藤野のことをチラ見していました。

 

でも、
料理長との間にしっかりとしたご挨拶と御用伺いが済み、
厨房の若いコックさん連中に紹介されるにいたって、
「今までの汚い運送屋としての八百屋」ではなく、
パートナーシップを持った業者さん、
という立ち位置に立つことができたのです。

 

配送そのものは、うちの若いスタッフに任せて、
藤野は毎日、厨房通いを続けました。

料理長だけではなく、
現場を回している若手のコックさんたちとも
次第に次第に、友好的なコミュニケーションを取って行きました。

 

すると、

現場のコックさんたちから、
「こんなのあったら、欲しいんだよね〜」
という声をいただけるようになって来たのです。

 

昔も今も、企業としての人件費削減は
現場の人たちにとって悩ましい問題のようで、
厨房にも、「人件費削減」と「クオリティの維持」の板挟み
という大きな問題と不満があったのです。

 

つまり、

食材の仕入れ管理から、下ごしらえ、
調理、盛り付け、と
コックさんのやりことも、やはり多岐に渡っていて大変。

 

「野菜の洗浄から下ごしらえのカットと保管
 ここの部分を省けたら、
 本当に都合がいいんだけどな〜〜〜〜」

という、藤野にとっては
「現場のボヤキ」が「神の声」のように聞こえて来ました。

そして、「これだ!」と直感したのです。

 

 

「玉ねぎ、剥いて来ます!」
「カットして来ます!」
「ご指示の通りに切って、真空パックして納めます!」
「どう切ったらいいのか、お手本ください」

 

考えた訳でもなく、
藤野の口から、そのセリフが出ていました。

 

 

・ムキ玉ねぎ
・カット玉ねぎ(牛丼用)
・カット玉ねぎ(カツ丼用)
・カット人参
・カットじゃが芋
・カットレタス
・カットサニーレタス
・ムキにんにく
・つる取り絹さや
・手ちぎりレタス
・手ちぎりサラダセット

などなどなど

この厨房での現場の会話をキッカケに、

「玉ねぎ剥いて持って来ます!」の一言を皮切りに、
その後、様々なカット野菜商品が誕生しました。

 

 

藤野淳 快進撃の、
これが序章だったのです。

 

 

 

 

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